香港上海銀行事件

香港上海銀行事件

平成元年9月7日最高裁判所第一小法廷
ストーリー
 労働者Xは、Y銀行との間で臨時従業員雇用契約を締結して従業員となった。この雇用契約においては、その労働条件については正式行員を対象とする就業規則の準用を受けるものとされていた。労働者Xは、A労働組合の組合員であったが、Y銀行支店には、ほかにB労働組合(従業員4分の3以上の多数労働組合)が存在していた。労働者Xの退職金は事務行員の場合の定年退職に相当したものとして支払うこととなっており、Y銀行の就業規則には、退職金について、「支給時の退職金協定による」と規定されていた(労働者Xの退職日は、昭和55年6月30日)。
 Y銀行では、毎年度退職金協定が締結されており、昭和54年度からは退職金の額が低額になる計算方法(第二基本給制度)に変更になっていた。昭和59年7月25日、Y銀行とB組合との間で昭和55年1月1日から同年末日までを有効期間とする同年度退職金協定と昭和56年1月1日から同年末日までを有効期間とする同年度退職金協定が締結された。この協定はB組合とは締結されたが、A組合とは締結されなかった(それまでの協定は昭和53年12月末日をもって失効している)。
 労働者Xは、第二基本給制度導入前の計算方式により約76万円の退職金を要求したが、Y銀行は、第二基本給導入後の計算方式により約74万円の退職金を主張した。労働者Xは、このことを不服として訴えを提起した。
 

第二基本給制度はさかのぼって効力を

生じるので、導入後で計算します。

退職段階では導入前だったのだから、

導入前で計算して下さい。

 

 
 
 結 論  労働者X勝訴
 具体的に発生した退職金(賃金)請求権を事後に締結された労働協約や事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されない。

既に発生した退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分、変更することは許されるか。(労働協約の余後効)

 XとY銀行との間の労働契約においては、Y銀行はXに対しその退職日とされる昭和55年6月30日に退職金を支払うとの約定がされ、一方、Y銀行の就業規則には、退職金は「支給時の退職金協定による。」と定められているところ、右Xの退職日の時点では、Xの属するA組合とY銀行との間で締結された本件退職金協定はすでに失効しており、これに代わる退職金協定は締結されていないので、Xの退職金額の決定についてよるべき退職金協定は存在しないこととなる。しかしながら、右労働契約上は、退職時に退職金の額が確定することが予定されているものというべきであり、右就業規則の規定も、Y銀行が従業員に対し退職金の支払義務を負うことを前提として、もっぱらその額の算定を退職金協定に基づいて行おうとする趣旨のものであると解されるから、A組合との間で新たな退職金協定が締結されていないからといって、Xについて退職時にその退職金額が確定せず、したがって具体的な退職金請求権も発生しないと解するのは相当でなく、労働契約、就業規則等の合理的な解釈により退職時においてその額が確定されるべきものといわなければならない。
 ところで、Y銀行は、昭和50年10月9日付で、労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)89条1項に基づき、B組合との間で昭和50年6月26日締結した前記退職金協定に係る協定書の写しを添付した就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ており、したがって、右退職金協定に定められた退職金の支給基準は、就業規則に取り入れられて就業規則の一部となったものというべきである。そして、就業規則は、労働条件を統一的・画一的に定めるものとして、本来有効期間の定めのないものであり、労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば、就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は、右退職金協定が有効期間の満了により失効しても、当然には効力を失わず、退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については、右の支給基準により退職金額が決定されるべきものと解するのが相当である。そうすると、B組合との間の右退職金協定は昭和53年12月31日に失効したが、それに伴い就業規則が変更された事実は認められないから、Xについては、右就業規則所定の退職金の支給基準(本件退職金協定に定められた退職金の支給基準と同一である。)の適用があるというべきである
 Y銀行は、原審において、労働組合法17条により、昭和59年7月25日B組合との間で締結された昭和55年度退職金協定がA組合の組合員たるXにも遡及的に拡張適用されるべきであると主張しているが、既に発生した具体的権利としての退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分、変更することは許されないというべきであるから、右拡張適用の有無について判断するまでもなく、右主張は理由がないといわなければならない。なお、Y銀行は、B組合との間で締結した前記昭和55年度及び同56年度の各退職金協定に基づき就業規則の変更を行い、昭和59年8月21日各協定書の写しを添付した各就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ているが、右就業規則の変更についても、同様の理由により遡及効を認めることはできない。
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 XとY銀行との間の労働契約においては、Y銀行はXに対しその退職日とされる昭和55年6月30日に退職金を支払うとの約定がされ、一方、Y銀行の就業規則には、退職金は「支給時の退職金協定による。」と定められているところ、右Xの退職日の時点では、Xの属するA組合とY銀行との間で締結された本件退職金協定はすでに失効しており、これに代わる退職金協定は締結されていないので、Xの退職金額の決定についてよるべき退職金協定は存在しないこととなる。しかしながら、右労働契約上は、退職時に退職金の額が確定することが予定されているものというべきであり、右就業規則の規定も、Y銀行が従業員に対し退職金の支払義務を負うことを前提として、もっぱらその額の算定を退職金協定に基づいて行おうとする趣旨のものであると解されるから、A組合との間で新たな退職金協定が締結されていないからといって、Xについて退職時にその退職金額が確定せず、したがって具体的な退職金請求権も発生しないと解するのは相当でなく、労働契約、就業規則等の合理的な解釈により退職時においてその額が確定されるべきものといわなければならない。
 ところで、Y銀行は、昭和50年10月9日付で、労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)89条1項に基づき、B組合との間で昭和50年6月26日締結した前記退職金協定に係る協定書の写しを添付した就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ており、したがって、右退職金協定に定められた退職金の支給基準は、就業規則に取り入れられて就業規則の一部となったものというべきである。そして、就業規則は、労働条件を統一的・画一的に定めるものとして、本来有効期間の定めのないものであり、労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば、就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は、右退職金協定が有効期間の満了により失効しても、当然には効力を失わず、退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については、右の支給基準により退職金額が決定されるべきものと解するのが相当である。そうすると、B組合との間の右退職金協定は昭和53年12月31日に失効したが、それに伴い就業規則が変更された事実は認められないから、Xについては、右就業規則所定の退職金の支給基準(本件退職金協定に定められた退職金の支給基準と同一である。)の適用があるというべきである。
 Y銀行は、原審において、労働組合法17条により、昭和59年7月25日B組合との間で締結された昭和55年度退職金協定がA組合の組合員たるXにも遡及的に拡張適用されるべきであると主張しているが、既に発生した具体的権利としての退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分、変更することは許されないというべきであるから、右拡張適用の有無について判断するまでもなく、右主張は理由がないといわなければならない。なお、Y銀行は、B組合との間で締結した前記昭和55年度及び同56年度の各退職金協定に基づき就業規則の変更を行い、昭和59年8月21日各協定書の写しを添付した各就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ているが、右就業規則の変更についても、同様の理由により遡及効を認めることはできない。

 

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