⑴ ……そうすると、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。
これらによれば、Xが時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、Y社は、Xに対し、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、同項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である。
⑵ また、労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、その旨の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるところ、……原審の確定した事実関係の下では、Xの自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえず、Xにおいて月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したということはできない。
⑶ 以上によれば、本件雇用契約の下において、Xが時間外労働をした月につき、Y社は、Xに対し、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、本件雇用契約に基づく基本給とは別に、労働基準法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものというべきである。
⑷ なお、本件雇用契約において、基本給は月額41万円と合意されていること、時間外労働をしないで1日8時間の勤務をした場合の月間総労働時間は、当該月における勤務すべき日数によって相応に変動し得るものの、……就業規則の定めにより相応の日数が休日となることを踏まえると、おおむね140時間から180時間までの間となることからすれば、本件雇用契約における賃金の定めは、通常の月給制の定めと異なる趣旨に解すべき特段の事情のない限り、Xに適用される就業規則における1日の労働時間の定め及び休日の定めに従って1か月勤務することの対価として月額41万円の基本給が支払われるという通常の月給制による賃金を定めたものと解するのが相当であり、月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い、月間総労働時間が140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定も、法定の労働時間に対する賃金を定める趣旨のものと解されるのであって、月額41万円の基本給の一部が時間外労働に対する賃金である旨の合意がされたものということはできない。
裁判官補足意見
毎月の賃金の中に予め一定時間分(例えば10時間分)の残業手当を算入しているものとして、賃金を支払う場合には、①雇用契約上、賃金に10時間分の残業手当を算入している旨が明確にされていること、②賃金支給時に、時間外労働の時間数と残業手当の額を労働者に明示すること、③10時間を超えて残業が行われた場合は、別途上乗せして残業手当を支給する旨が明確に示されていること、が必要である。